「宗教と社会」学会奨励賞の紹介

本学会では、2015年度より「宗教と社会」学会奨励賞を創設しました。授賞対象は機関誌に掲載された論文の内、機関誌が発行される年度の開始時点で原則として修士課程入学後18年以内、もしくは博士課程入学後16年以内の方によって執筆された論文となります。

2021年度より、選考方法を改めました。学会奨励賞の選考は、以下の「選考規程」に示された 方法・基準に即して行われます。

選考規程

〈名称〉本賞の名称は、「宗教と社会」学会奨励賞とする。
〈理念・趣旨〉本賞は、本学会若手会員による宗教と社会をめぐる研究の展開を奨励する目的で設立されたものである。
〈対象〉本賞の選考対象は、機関誌『宗教と社会』掲載の論文とする。具体的には、毎年6月の学術大会時刊行の機関誌に掲載された論文の中から選ぶものとする。
〈対象者の条件〉選考対象者となるのは、設立趣旨に鑑みて、会員の執筆者のうち、機関誌が発行される当該年度開始時点で原則として修士課程入学後18年以内、もしくは博士課程入学後16年以内の者とする。
〈選考委員会〉選考委員会を毎年6月に設置する。学会長と機関誌編集主任に加え、常任委員若干名から構成される。必要に応じ、常任委員以外に委員を委嘱することができる。学会長が選考委員長を務める。
〈選考方法〉毎年6月に刊行された機関誌に掲載された論文のうち、対象者の条件を満たす者による論文すべてについて、討議を行った上で受賞者を決定する。
〈選考基準〉本学会の理念ならびに本賞の設立趣旨に照らし合わせて、主に将来性の観点から総合的に判断する。その上で、選考委員による投票で決定する。同票の場合は、選考委員長が最終決定を行う。該当なしとする場合もある。
〈授賞理由〉選考委員長を中心に、授賞理由を作成する。
〈授賞式〉次年度の学術大会時の総会において授賞式を行い、賞状と副賞を授与する。副賞は、一件につき賞金3万円を限度とする。
〈その他〉授賞後に、対象論文に何らかの不正行為等(データ改竄・二重投稿等)が確認された場合には、遡って授賞を取り消し、賞状・副賞の返還を求める。
〈適用時期〉本規程は、2019年6月8日より有効とする。2021年6月5日改正


受賞論文

2023年度「宗教と社会」学会奨励賞報告
「宗教と社会」学会奨励賞・選考委員会

以下の2つの論考が受賞対象とされた。

受賞論文
上野庸平「マダガスカル現代政治史における政教関係―マダガスカルのライシテ―」(『宗教と社会』第29号)

授賞理由
 本稿は、マダガスカルにおける民主化運動(1980年代後半)以降の政治変動の過程を追いつつ、政治と宗教が混ざり合うという同国のライシテの動態を描き出すものである。日本において広く知られているとは言い難いマダガスカルの現代史を、政教関係を軸として丁寧に記述しており、地域研究の観点から見て意義のある論考と評価できる。ともすればフランスだけを舞台に、イスラームだけを事例に注目されがちな感もあったライシテ研究が徐々に地域間比較の展開を見せている現状に鑑みれば、フランス語圏アフリカ諸国を事例に、現地のキリスト教の動向の考察を通してライシテ研究の進展を図るという本稿の取り組みは、学問的需要の面でも高いと判断できる。
 一方、選考の過程で幾つかの課題も指摘された。まず、ライシテの理論面に関する先行研究のレビューでの偏りである(やや、大家に依拠して簡潔に済ませているきらいが見られる)。また、比較対象・考察に乏しい点である。このため、マダガスカルのライシテが同国固有なのか、フランスとの差異なのかなど、本稿の内容の意義が読み取りにくい面もあった。現代史の叙述を通して対象国の特殊性を浮かび上がらせる手法は地域研究では常道だが、考察のためのパートを設け、紙幅を割くことも有用だろう。この他、研究方法についての説明不足を指摘する声もあった。こうした意見を参考に、受賞者がライシテ研究のさらなる進展に寄与されることを期待したい。
 以上のような諸課題を含みつつも、本稿が今後の研究の展開を奨励するという趣旨に相応しい成果であると判断し、2023年度「宗教と社会」学会奨励賞を与える。

受賞論文
高多留美「デスカフェの特徴と個人の宗教化」(『宗教と社会』第29号)

授賞理由
 本稿では、2011年にイギリス・ロンドンではじめて開催されて以降、現在は日本を含む83カ国に広がったデスカフェ(人びとが死に関するテーマについて気軽に語り合うための場)を対象として、その特徴と個人の宗教化の問題を究明している。具体的には、デスカフェ参加者6名への聞き取りとその詳細な分析・解釈の結果、デスカフェが生死に関する新たな視点との遭遇や自己の視点の変化の機会となること、また死の私事化や死のタブーの感覚などを背景として必要性が高まっていることを指摘する。さらに、デスカフェには道徳的な問いをもたらす再帰的な場、そしてコミュニタスを生む通過儀礼的な場という2つが特徴であることを論じている。こうした特徴は、デスカフェが新霊性文化の流れを象徴的に表し、社会の個人化や死の私事化から個人の宗教化へと向かっていることを裏づけるものであり、社会の再聖化を促す機能をもつ可能性のあることも示唆して本稿は締め括られる。
 本稿においては、現代宗教のありようを理解するための最新の事例に着目した新奇性、その事例のみでなく社会背景に関する理論研究も十分視野に入れた理論と実証のバランス、そして聞き取り内容の精緻な分析と解釈、の3点で高く評価されるべきものである。
 しかしながら、著者自身、論文の最後で述べているとおり、本研究で得られた知見は質的調査とはいえ6名への聞き取りに基づくものである。この6名の語りがデスカフェの内実をどのくらい反映しているのか、またその内容から現代社会の宗教・スピリチュアリティ全体の特徴を論じることがどの程度可能かについて疑問が残る。今後の課題としていただければ幸いである。
 以上の課題を上回る十分な成果があると判断し、本稿が今後の研究を奨励する目的に相応しい論考と判断し、2023年度「宗教と社会」学会奨励賞を与える。


2022年度「宗教と社会」学会奨励賞報告
「宗教と社会」学会奨励賞・選考委員会

以下の論考が受賞対象とされた。

受賞論文
玉置文弥「「宗教統一」とアジア主義―大本教と道院・世界紅卍字会の連合運動「世界宗教連合会」の活動実態から―」(『宗教と社会』第28号)

授賞理由
 本稿は、1923年から1935年にかけて展開した、日本の新宗教の大本教と中国の宗教団体・慈善団体の道院・世界紅卍字会の連合運動に着目し、とくに初期に組織されてまたたく間に崩壊へと至った世界宗教連合会の実態を明らかにした歴史実証的な研究である。「宗教統一」を掲げて日中の関係者が参加し結成された世界宗教連合会は、大本教の出口王仁三郎の宗教的理想である「万教同根」や、満蒙権益をねらう日本のアジア主義者の政治的野心、中国側の欧米列強への抵抗のための連帯といった政治/宗教的な目的の絡み合いのなかで解散する。その経緯が本稿では、克明に記述されている。
 本稿の特筆すべき点は、歴史研究としてのその優れた実証性である。国立公文書館所蔵の歴史資料がふんだんに活用され、また大本教と世界紅卍字会に関する未公刊博士論文等も参照しながら、世界宗教連合会の結成・解散の内実および歴史的な意味に迫った意欲作として高く評価できる。日本語の歴史資料や先行研究だけでなく、中国語や英語の文献も参照している点は、トランスナショナルな宗教運動を研究するうえでの筆者の大きな強みであり、今後のさらなる研究の展開が期待できるだろう。もちろん、世界宗教連合会という、先行研究ではそれほど注目されてこなかった組織の動きを解明したという研究史上の意義も大きい。
 一方で本稿には課題もみられる。その内容が専門的であるため、大本教や世界紅卍字会、当時の日中の関係者・関連団体に詳しくない読者に向けた記述上の配慮がなされていれば、より開かれた研究成果となっただろう。また、執筆時、筆者は博士後期課程在籍中だったため致し方ない面もあるが、本稿はそれ自体で完結した成果というよりも一連の研究の一部という印象を受ける。もう少し文章や論の構成を工夫することにより、1本の論文としての完成度を高めることができたと考えられる。
 以上のような課題があるとはいえ、本稿の成果を損なうものではない。本稿が今後の研究の展開を奨励する目的にふさわしい論考であると判断し、2022年度「宗教と社会」学会奨励賞を与える。

2021年度「宗教と社会」学会奨励賞報告
「宗教と社会」学会奨励賞・選考委員会

以下の論考が受賞対象とされた。

受賞論文
藤井麻央 「金光教の組織化における教会制度と教えの関係」(『宗教と社会』第27号)

授賞理由
 本稿は、金光教における教団組織の変容過程と教義との関係を、森岡清美の宗教組織論と関連付けながら、明治中期から昭和初期まで詳細に跡づけた宗教史的研究である。金光教の教義に見られる信者間の平等性と、信仰の導き関係に基づく派閥形成の論理が、拮抗しながら教団組織の形成に影響してきた点を緻密に捉え、また教義が規範的に組織形式の在り方に作用している面があることを示している。
 本稿では、既存の文献資料を用いつつ、金光教の組織形成における変化を4つの時代に分け、重層型/単層型、本末関係の有/無の観点から整理され、変化の過程が説得的に論証されている。また地域や時期により、信仰の導き関係による派閥の影響力に相違があることなども示されている。そういった点から、金光教の教会制度が、「おやこモデル」という1つの形態に留まるものではなかったことが明らかにされている。
 ただし森岡の宗教組織論の理解の仕方や対峙方法にやや問題が見られる。例えば、森岡の一般的なモデルに対して1つの個別事例を持って対置する点や、教義よりも時代的要因による規定を主たるものと見なす森岡の見解に対して、教義が少なからず影響しているという形で論を対峙することは、議論がうまくかみ合っているとは言えないため、森岡の宗教組織論への反証と緻密化のいずれに向かおうとしているのか捉えにくい。
 今後は、先行諸研究の検討を深め、さらに日本の諸宗教の組織形成過程と教義の関係、近現代日本における集団構成の時代的変化などへ視野を広げる必要があると思われるが、本稿はそのための土台となるものであろう。そういった点から、今後の研究の展開を奨励する目的に相応しい論考と判断し、2021年度「宗教と社会」学会奨励賞を与える。

2020年度:該当なし

2019年度「宗教と社会」学会奨励賞報告
「宗教と社会」学会奨励賞・選考委員会

2019年度からの新たな選考方法に基づき、以下、2つの論考が受賞対象とされた。

受賞論文
高田彩 「武州御嶽山の社会組織 ―女性の役割に注目して―」 (『宗教と社会』第25号)

授賞理由
 本稿は、東京都青梅市に位置する武州御嶽山(以下、御嶽山)における、御師の妻たちによる神社護持・宿坊経営の運営と御嶽山コミュニティ内の互助活動、ならびにそれらの活動を担う諸組織とその社会化機能について叙述したモノグラフである。
 聞き取り調査に基づくインフォーマントの語りを効果的に引用することで、婦人部、組合、付き合いという社会組織の特徴と活動がまとめられ、またこれら諸組織が指導者・聖職者と信者との間における多様な役割を担っている様子や、当事者の意識が浮かび上がってくる点が評価される。さらには、山岳宗教を取り巻く社会状況の変化が、そこに見えてくる。加えて、御師という業態における特殊性を含みながらも、宗教職能者家族における女性の役割といった、まだ十分に開拓されていない研究領域に挑んだ論考でもある。
 一方、今後の課題としては、まずより大きな見通しが求められるだろう。例えば、男性へのインタビューも充実させ、女性の社会組織に対する男性の評価を加え、より立体的な分析が望まれる。そこからさらには、男性中心の山内組織という語られ方を、乗り越えていく可能性も模索していただきたい。
 また分析の際に、より適切な概念が使用できるよう、工夫が求められる。例えば、「中間領域」という用語は大雑把に思えるし、公と私という区分のあてはめや、「労働組合のような性格」としての婦人部なども、現象を十分に表現できているとはいいがたい。これらに加え、エスノグラフィーが活かされるよう、文章を工夫し、論の流れをわかりやすく示すことにも努力していただきたい。
 以上、論文として評価しうる点と課題について講評してきたが、今後の研究の展開を奨励する目的にふさわしい論考と判断し、2019年度「宗教と社会」学会奨励賞を与える。


受賞論文
高橋秀慧 「「勤王僧」の顕彰と地域社会 ―福井県三国地域を事例として―」 (『宗教と社会』第25号)

授賞理由
 本稿は、福井県三国町の勤王僧・瀧谷寺道雅(1812~1865)という人物への、2度にわたる贈位請願運動(1928年、1933年)を事例に、寺院と地域社会に関わる人々が、地域振興・文化政策を視野に入れつつナショナリズムを下から支え構築していく過程を論じた、歴史実証的な論文である。
 論の運びもわかりやすく、事例の紹介や史料の読解も堅実になされた好論考である。また、贈位請願運動を、単に上からのナショナリズムへの迎合としてだけではなく、経済開発や観光寺院化といった、地域社会独自の思惑を踏まえ、文化政策との接点や下からのナショナリズムの形成として説明している点は、近代仏教研究に新たな視点を加えたといえよう。
 この贈位請願運動自体は失敗に終わっているのだが、歴史に埋もれがちな、こういった地方の出来事に光を当て、時代や社会を多角的にとらえようとする試みも興味深い。
 一方、今後の課題としては、三国地方の社会変動と贈位請願運動の結びつきについて、推測部分を補う資料を加えるなど、より説得的な論証が必要であろう。また、上からのナショナリズムに関して、当事者がそれをどう受け止め、捉え返し、下からのナショナリズムと接合・分離していくのかといった点を考察に加えられれば、さらに分析が深まるだろう。なお執筆者の意図したことと逆の意味になっている表現がいくつか見られるので、注意をされたい。
 以上の点から、今後の研究の展開を奨励する目的にふさわしい論考と判断し、2019年度「宗教と社会」学会奨励賞を与える。

2018年度:該当なし
2017年度:該当なし
2016年度:該当なし